2022.01.01 Vol.218⇒[総合案内]

謹賀新年 令和4年(2022)年頭所感  無間地獄と見て見ぬふり
 一難去ってまた一難$謔ェ見えないのか、隠されているのか、それとも見て見ぬふりなのか、とにかくきりがない。 ただただエネルギーを削がれるばかりで、つい何者かに仕組まれたこれまでとこれからのようにも思ってしまう。人は平穏なるときには何もしない、 何もしないから平穏なのかもしれない。しかし、常に最悪に備えたうえで楽天的に生きる≠ラきところを、 どうしても何もしないに等しい暮らしをしてしまうものだ。過去に学ぶことはしても、それを未来に活かすことをしないのでは、 闇は更に深いものになってしまう。当事者が能天気で、事態が悪化して初めて右往左往し、しかもそれを繰り返す。頼るべき存在は、 深刻さを煽るばかりで、まるで明るい未来が困る≠フではないかと思わせられる。世が騒然としてこそ安泰で居られる者たちが表に裏に蠢いて、 ほくそ笑んでいるのはないか…そして残るのは疲弊した普通の人々≠ナある。『次の手を考えろ!』は懐かしい映画(『アンタッチャブル』) の台詞だが、施策と個人責任、バランスの取れた次の手≠自ら考え、かつ待っている。

水仙
   「うぬぼれ」「自己愛」「エゴイズム」など、水仙の花言葉にはあまり良い言葉は使われてないようだが、それでも「気高さ」というのもあるそうで、 辛うじて自身のプライドを保っているといったところだろうか。実家の裏手辺りで、ひそかに、それでいて凛とした風情をみせてくれるその存在感に、 こちらの身も引き締まる。そして、どうしても、この地味で倹しい佇まいに魅かれてしまう。
   貴船神社(といっても、京都にあるあの有名な神社ではない)の鳥居の参道に続く階段を挟んだ脇に、皇紀二千六百年の記念碑が建っていて、季節を分けて、 その一隅に水仙と一初の花が咲いた。鳥居からの坂道を下りきった所には、亡くなった父が国鉄の時代十六年間勤めた、今では侘しくも哀しい無人駅がある。 どこまでも、あくまでも地味である。


更新情報
2021.12.10  『四季TMP』 … 更新は三が日後に?!3年越しの初詣を待って…
2022.01.01  TMPネットマガジン『えんじょい工房』2022年1月号(Vol.218)をアップ。
2022.01.01  ほぼ月刊『YAH!』…2022-1月号【No.32】特別号PDF版…「昭和の沁みる唄」など。
2022.01.01  ブログ『えんじょい工房-TMP』を開設しています。