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ご当地ソング

 ヒットしたものを挙げてみると、もちろん個人の見解であるが、つまり、“沁みる”或いは“沁みた”ものなのだが、『釧路の夜』、『新潟ブルース』(美川憲一)、『池袋の夜』、『長崎ブルース』(青江三奈)、『京都の夜』(愛田健二)、『たそがれの銀座』、『雨の銀座』(ロス・プリモス)、『長崎は今日も雨だった』(クールファイブ)、ただし、好みの問題であるが、ここでは、どれが…とは言わないが、地名はしっかりタイトルにはあるものの、別にそこでなくても…というものは外している。また、『盛り場ブルース』、『港町ブルース』(森進一、『京都から博多まで』(藤圭子)、『ふりむかないで』(ハニーナイツ)といった“広域或いは全国渡り歩き型”のものについては改めてじっくりと触れる。
 さて、例えば釧路、新潟、ある程度既に認知度が高い地名があってこその、それぞれ釧路川だったり幣舞橋(ぬさまいばし)があり、また新潟駅や万代橋(まんだいばし)が具体的なイメージとして“沁みる”のである。ヒットはしたけれど、『伊勢佐木町ブルース』とくると、西の国生まれの田舎者としては、なかなか横浜という“メジャー”なイメージに結びつかず、後年になっても群馬県の伊勢崎市と混同してしまっていた。『柳ケ瀬ブルース』も同様である。一方『池袋の夜』においては、いささか面積でいえば狭いと言わざるを得ないが、地名として充分に“メジャー”、そこで美久仁小路や人生横丁が生きてくるのである。『たそがれの銀座』では、ご丁寧にも一丁目から八丁目まで順に歌い上げて、ミリオンセラー(たぶん…)となってしまった。これも“銀座”というさほど広くもないが、日本一(?)有名な地名であってこそのことなのだと思う。余談ながら、富士山を見に行って天候のせいでその姿が見えなかったら、「宿代返せ!」と言いたくもなるが、旅先で唯一雨に降られても誰も文句を言わない、むしろそれが風情とばかりに喜ばれるそうな、それが長崎、もちろん『長崎は今日も雨だった』のお蔭に違いない。

“汽車”と“駅”で括ってみた

 昭和の歌を基本条件として、汽車(電車、列車)と駅をキーワードに括ってみた。
 「最終電車できみにさよなら…」(『東京』マイペース)。「恋人よぼくは旅立つ東へと向かう列車で…」(『木綿のハンカチーフ』太田裕美)。「この線路の向こうには何があるの…」(『さらばシベリア鉄道』大瀧詠一、太田裕美)。「あいたくて甘えたくて夜汽車に乗った…」(『潮風の吹く町』森田由美恵)。「顔を隠したコートの襟に霧が降りますプラットホーム…」(『涙の最終列車』村上幸子)。「汽車が行く行く瀬戸内沿いに…」(『京都から博多まで』藤圭子)、藤圭子からもう一曲「まごころひとつどこにある鉄道線路のそのむこう…」(『さすらい』}。「一駅だけでもあなたと一緒に朝の汽車に乗って行きたかった…」(『冬の駅』小柳ルミ子)。「ラッシュの人波にのまれて消えてゆく…」(『駅』竹内まりや)。「かよいなれたこの駅にはもう二度と来ることはない…」(『駅』加藤登紀子)。「瞼の奥に哀しく消える赤いランプの終列車…」(『赤いランプの終列車』春日八郎)、これはさすがに昭和の時代も後半になるころには立派な“懐メロ”であったが)。「青い灯が揺れる新潟駅よ…」(『新潟ブルース』美川憲一)。「君が去ったホームに残り…」(『なごり雪』イルカ、伊勢正三)。
 他にも無数にあるが、あくまでも個人的に“沁みる”ものを拾い集めたものだ。昭和の時代に引っ掛かったものと、平成を飛び越えて、最近になって漸くというか改めて出くわした、やはり昭和の歌。飛行機ほど呆気なくもなく、船の別れはあまりに未練がましい、駅での一幕こそが“ドラマ”の展開には丁度良いと思う。一字一句がきちんと音符に乗っかっていて、歌唱の力と相まってこちらの心に沁みる沁みる…年を取ると余計に受け入れるのに何の抵抗もできなくなってくるし、そもそも拒む理由も既にない。『昭和の歌』だからというわけばかりではないけれど、長い時を経て、それぞれの記憶の数だけ“引っ掛かり”も多くなるということなのだろう。

「潮風の吹く町」

  作詞:なかにし礼
  作曲:浜 圭介
  歌 :森田由美恵

 ふるさとは 遠い北の果て
   潮風の吹く町
 荒れた手をして 網をあむ
   小さな母の肩
 浜なすの花が 咲く頃に
 帰ろうと思いながら 二年が過ぎた

 海鳴りが唄う 子守唄
   潮風の吹く町
 今日も夜なべの 針仕事
   乱れた母の髪
 許してね私 悪い子ね
 帰ろうと思いながら 四年が過ぎた

 雪ふれば つらい冬が来る
   潮風の吹く町
 凍る井戸水 汲みながら
   吐息も白い母
 もう二度と そばをはなれない
 逢いたくて甘えたくて 夜汽車にのった

 全くの偶然(なんでも良いが…)だが、『森田由美恵』という歌い手に“遭遇”した(もちろん歌にである)。資料には、山口百恵、森昌子、桜田淳子たちがデビューした前年の、これがデビュー曲だとある。それだけが理由ではなかろうが、とにかく陰に隠れた存在で、そこそここの曲はヒットはしたらしいが、そのまま忘れ去られたということのようだ。本当に何の印象もない、ないが…それだけに40年以上もの以前の歌が妙に新鮮に“沁みて”きたというわけだ。実は、この直前に、北原ミレイが歌ったのに出くわしていた、カバー録音である。さすがに「悪い子ね」という箇所(ここだけ!)は「親不孝」ということに替えられていたが、イメージからしてやむを得ないことなのであろう。カバー曲だということはわかっていて、オリジナルを探ってみると、割合簡単に辿り着いたものである。すると、“芋づる”式に(?)次作にも出会うこととなり、これもまたなかなかに“沁みる”ものだった。

   流行歌(はやりうた)

 雨に濡れ 街を歩けば
 人の世の 掟がしみる
 何もない 心の中に
 消え去った 夢を浮かべて
 流行歌を 流行歌を ひとりで歌う

 ふるさとの 山や岸辺に
 咲いていた 小さな花よ
 想い出は みんな幻
 今日もまた 街に流れる
 流行歌が 流行歌が 涙を誘う

 街の灯を ひとり見つめて
 ままならぬ 運命(さだめ)を恨む
 人はみな 傷つけ合って
 慰めを 歌に求めて
 流行歌を 流行歌を ひとりで歌う

 作詞作曲はいずれも不明、調べればわかるのだろうが、そこまですることもなかろう・・・。もしかすると、デビュー曲と同じなのかもしれない、根拠はない。おそらく当時はまだ十代であったろう彼女に歌わせて良いものかどうか、“時代”を歌うにはいささか荷が重いのではなかったかと思うのだが、時を経て、こちらも相応に年をとると何の抵抗も起こらず、ただただ“沁みて”くるのである。

こんな映画を観てきた[15]

   天国から来たチャンピオン[HEAVEN CAN WAIT](1978/米  監督:ウォーレン・ビーティ、バック・ヘンリー)

 新米天使(バック・ヘンリー)のちょっとしたミスが、僕(ジョー=ウォーレン・ビーティ)の夢を人生を危うく駄目にしかけた。 でもそのお蔭で僕は人間の本当の優しさに触れ、もっと素晴らしい人生を見つけることができた。そしてやがてその夢さえ実現することになるのだ。僕の頭の中には “スーパーボール”しかなかった。その日の為にだけ僕は走り、投げ、日々を激しい闘いのうちに過ごしていた。
 ある日、自転車に乗っていて事故に遭った。気付いたら僕は天国行きの飛行機(これがコンコルド機)に乗るべく中継駅のエアポートへの道を、 何だか無愛想で奇妙な男と歩いていた。聞けば天使だと言う。冗談じゃない、僕が死んだなんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない。夢にまで見たスーパーボールが目の前に迫っているというのに。 僕は天下のロサンゼルス・ラムスのクォーターバックなんだよ。それみろ、やっぱり間違いじゃないか、どうしてくれるんだよ、死んでもいないのに焼かれて身体がないなんて、 こんな重大なことを新米天使一人にやらせるなんて全くひどいよ。
 天使長(ジェームズ・メイスン)は不貞の女房とその情夫に殺されかかっている大金持ちに乗り移れと言う。まったくもって無責任で無茶苦茶な話だが、 偶然そこにちょっといい女が来たので、僕は暫くの間という条件で承諾した。かなり気は強いが、ベティ(ジュリー・クリスティ)は付き合ってみると人一倍優しいし、 かわいいところもある。それにだいいち見れば見るほどいい女。僕は彼女に夢中になってしまい、また彼女は人間の優しさを教えてくれた。乗り移っただけのこの身ではあるが、 僕はもう彼女と離れられなくなってしまった。
 でも、僕はやっぱりスーパーボールに出場したい。乗り移った男の財産をちょっと拝借してラムスごと買い取り、コーチのマックス(ジャック・ウォーデン) を招んでトレーニングしたまでは良かったが、天使長に呼ばれてこの身体はもう使用期限が切れたという。女房(ダイアン・キャノン)と秘書のトニー(チャールズ・グローディン) に殺されるんだそうだ。スーパーボールの方は、ちょうどラムスの今のクォーターバックが間もなく死に、その身体を使えるというので出場できる見通しがついたけれど、 ベティにはもう二度と逢えなくなってしまう(この間の記憶が消される)。
 「ベティ、この眼を覚えておいて欲しい」
 僕は手にしたボールをレシーバーに向けて思いきり投げた。夢にまで見たスーパーボールの晴れ舞台、勝った。
 ヒーローインタビューの最中に天使長が現れて「君は一生その身体を使いなさい。ジョーとしての記憶を消して、たった今から君はトム・ジャレットだ」
 「さよならベティ」
 着替えている時マックスがやって来て「おめでとう、ジョー」だなんて、おかしなことを言うやつだ。優勝祝賀パーティの会場に向かう途中、 僕はちょっといい女と鉢合わせした。訳もわからず僕の胸は熱くなり、彼女とそのまますれ違うことができなくなってしまった。初対面なのに何処かで会ったことがあるような気がする。 彼女もじっと僕の眼を見詰めて立ち尽くしている。そして、「あなた、もしかしてクォーターバックでは?」
 何だかパーティなんてどうでもよくなった。ベティと一緒に居たい、このままずっと…。「お茶でもご一緒に・・・」
     ◇
 ウォーレン・ビーティ、本当にいい男だと思う。私生活ではかなり派手で、私の最も敬愛する彼の実姉、シャーリー・マクレーンとは仲が悪いということだが、 ただの軽薄な色男にこんなにも人間味溢れた映画を作れるはずがない。『おかしなレディ・キラー』は観ていないが、『シャンプー』に続いて、彼が彼らしさを最高に表現し、 乗りに乗って作り上げた作品といえる。
 ジュリー・クリスティもまた、素晴らしい女性だと思う。その洗練された美しさゆえに、大時代的で土の香りを必要とした『ドクトル・ジバゴ』のラーラ役を私は認めないが、 ウォーレン・ビーティと組んだ『ギャンブラー』や『シャンプー』では、その魅力を如何なく発揮している。女の優しさ、狡さを自然に、そして見事に表現できる女優の一人だと思う。 余談になるが、例えばシャーリーの優しさはどことなくわざとらしさを感じさせる。まぁそれはそれで良いのだけれど。
 ところでこの作品、“私の愛すべき映画リスト”に文句なく入るのだが、なんといってもウォーレン自身がこの作品で言っておきたかったことを構えることなく、 実に自然に表現できているのが素晴らしい。人は、愚かなほどに優しくて、またその優しさにどうしようもなく魅かれてしまう。観終わった後の感激が観た者の疲れた心を和ませ、 私はこの上ない幸福感のうちに家路に就く。お涙頂戴では困るが、そんな思い遣りのあるハッピーな作品を私は愛する。ジョーを見る天使長の眼、ベティを見るジョーの眼、 そしてジョーを見詰めるベティの眼差し、全ての想いを表現し、全てを許す優しい眼、人間とはなんて素晴らしいんだろう。
 『幽霊紐育を歩く』(1941年制作、1946年日本公開、アレクサンダー・ホール監督)といって、ロバート・モンゴメリー主演作品のリメイクであり、舞台はボクシングであったそうな。当初は、やはり、ボクシングを舞台にモハメド・アリ主演での制作を予定していたが、アリ側に断られた(この辺はウィキペディアからの受け売り)ため舞台をアメリカンフットボールに変更し、ビーティが主演も兼ねて制作したという。アリ主演というのは論外だが、もしこれがボクシングを舞台としていたら、さぞかし脂ぎった、しかも暗いイメージのものになっていたような気がする。それでは、ウォーレン・ビーティとしても自分で手掛けるようなことはなかったかもしれない。

「たそがれの銀座」

 『ラヴユー東京』、『たそがれの銀座』、『雨の銀座』、どれもロス・プリモスのヒット曲である。小学校から中学校に上がったころのはずだ、子供のくせに(?)こんなうたばかり聴いて、歌って、東京に憧れてしまった。このころの想いが沁みついて、もしかするとその後上京を目指し、実行に及ぶことにつながった…、いろいろあったが、実際のところ、家を出る動機なんてこんなところだったのかもしれない。それはともかくご近所が集ってバス旅行(日帰り)というものが当時の田舎では恒例行事で、移動中車内で子供がこういう歌を歌うと大人たちが喜んだ(たぶん)ものだから、調子に乗って歌ったものだろう、これがまた嫌味にうまかったりしたら、かえって雰囲気が悪くもなったろうが、こまっしゃくれてもおらず、ただ“知っている”と評価され、そしてやんやの喝采が嬉しかったに違いない。中学1年の担任が英語の先生で、詳細は霧の中だが、黒板でラビュー東京と書いたものをラヴユーであると訂正されたことをなんとなく覚えている。今にして思えば、さらっとラビューといった方が通じるのではないかとも思うが、厳しくも優しい先生で、英語教師のくせに剣道部の部長でこちらの稽古もきつかった。
 さて、銀座、上京後も足繁く訪れるようなことはなく(もっぱら新宿で)、かえって遠い存在になったような、そんな気がする。“銀ブラ”とは何か、一説によると「銀座のカフェ・パウリスタでブラック(もしくは、ブラジル?)コーヒーを飲むこと」なのだそうだが、もちろんブラブラすることだと思っていた。それはともかく、たぶんムードコーラスというジャンルがあるとすれば、このグループのおかげだろう。どろどろとしていない高級感は唄にも生きていて、貧しい若僧の身としては、名実ともに歌だけの存在となってしまった。
  『たそがれの銀座』
     作詞:古木 花江
     作曲:中川 博之
     歌:黒澤明とロス・プリモス
   ふたりだけのところを 誰かに見られ
   噂の花が咲く銀座
   一丁目の柳がため息ついて
   二丁目の柳がささやいた
   あなたの愛が目を覚ます
   銀座銀座銀座 銀座銀座銀座
   たそがれの銀座

 詞にはほとんど意味はなく、ただただ森聖二さんの甘い声に引っ張られての“名曲”なのであった、とあくまでも個人的見解。

訃報 和田誠

 イラストレーターの和田誠(わだまこと)さんが七日(2019.10) 、亡くなった(83歳)。本の装丁やポスター、映画などさまざまなジャンルで活躍したといわれるが、とりわけ映画、作品中の名台詞と自作のイラストを散りばめたエッセイ集『お楽しみはこれからだ』(全7巻)が愛蔵書として、わが“映画狂時代”の名残りとして、もう永く書棚の一角に鎮座ましましている。映画『麻雀放浪記』(1984)では、監督をし、なにしろ映画の面白さを知り尽くしてのものであり、白黒作品として、とにかく何処をとって観ても愉しい作品だった。阿佐田哲也の原作は当然としても、『シナリオ麻雀放浪記』(文庫本)なんてのも買って、徹底的にのめり込んだものだった。

「さすらい」

 一字一句がきちんと音符に乗っかっていて、歌唱の力と相まってこちらの心に沁みる沁みる…年を取ると余計に受け入れるのに何の抵抗もできなくなってくるし、そもそも拒む理由もない。『昭和の唄』だからというわけばかりではないけれど、長い時を経て、それぞれの記憶の数だけ“引っかかり”も多くなるということなのだろう。
 さて、何をどういう順番で聴いていくか、近頃は、藤圭子の当時売れたとは思えない(少なくとも引っかからなかった)唄と他人の唄をカバーした曲たちに凝っていて、片端から飽きもせず(飽きるまで?)夜中になるとこっそり聴いている。時間はたっぷりある…
 『さすらい』(克美しげるのものではないが、こちらもまたなかなかに沁みる…)、『はしご酒』、『京都から博多まで』(これはヒットした!このアンサーソングというか、その後、『私は京都に帰ります』というのもあったが、これはちょっと“リスト”には入れられない)、『京都ブルース』(これは良い)、『恋の雪割草』から『花は流れて』、『さいはての女』、カバー曲から『北の蛍』、『ひとり酒場で』(いずれも森進一)、そして『哀愁の町に霧がふる』(久保浩、他)、さらに青江三奈の『池袋の夜』、『長崎ブルース』では、またオリジナルとは違った趣で“沁みて”くる。というわけで、すっかり真夜中を越える。
   『さすらい』
    作詞:よしかわ かおり
    作曲:遠藤 実
    歌:藤 圭子
  ことば忘れたくちびるは
  草笛ひとつ吹けるだけ
  たんぽぽとって髪にさし
  今日さすらいの風の中

  ゆうべ抱かれたあの人の
  面影すらも今朝はない
  ただゆきずりのそれだけで
  心交わしたわけじゃない

 克美しげるの歌では、「泣いてくれるな流れの星よ 可愛い瞳によく似てる 想い出さすなさすらい者は 明日の命もままならぬ」で始まるのだが、女がさすらうとこうなる?恐ろしい!!

「八月の濡れた砂」

 同名タイトルの日活映画(1971年/藤田敏八監督)の主題歌である。日活といっても“ロマンポルノ”に移行する前の旧体制日活の最後の作品…らしいが、そんなことはどうでもよろしい。主演は順番からいうと広瀬昌助とあるが、どう見ても村野武範と、冒頭ですっかりその裸身に魅入られてしまったテレサ野田である。1971年というと、まだ上京しておらず(私は)、どこかの2番館、3番館で観たのだろう。
 後になって、このレコードを探し求めて、中野駅界隈をさまよってしまうのだが(とにかくなかなか見つからなかった記憶だけがある)、ようやくにしてこの曲が納められた石川セリのLP盤を見つけた時には、欣喜雀躍??日がな一日アパートのポータブルステレオ(要するに小さい、安いステレオセット)で聴いていた。

  八月の濡れた砂

   作詞:吉岡 治
   作曲:むつ ひろし
   歌:石川 セリ

  あたしの海をまっ赤に染めて
  夕日が血潮を流しているの
  あの夏の光と影は
  どこへ行ってしまったの
  悲しみさえも焼きつくされた
  あたしの夏は明日もつづく

  打ち上げられたヨットのように
  いつかは愛もくちるものなのね
  あの夏の光と影は
  どこへ行ってしまったの
  想い出さえも残しはしない
  あたしの夏は明日もつづく

 学生運動の波に乗り遅れ(といっても、上京する際に、それだけはやめてくれと親に釘をさされて、すなおに同意し、守り通した…)、進むべき方向を見いだせずにただ無為に時を過ごした身としては、かなり“痛い”映画であり、歌であった。

「ふりむかないで」

 1970年代前半に頻りと流れたテレビCMに使われた歌である。全国の女性をターゲットとした(女性だけではなかったかもしれない)シャンプーだったか、リンスだったか、その両方だったか、とにかく“売らんかな!”のマーケティング戦略のもと企画された(のであろう)全国版ご当地ソングなのだ。舞台は、東京、札幌、仙台、名古屋、大阪、そして博多とまさに「港町ブルース」「盛り場ブルース」に匹敵するものだった。

 作詞 池田友彦
作曲 小林亜星
唄 ハニー・ナイツ

1 泣いているのか 笑っているのか
  うしろ姿の すてきなあなた
  ついてゆきたい あなたのあとを
  ふりむかないで 東京の人

2 ポプラ並木に ちらつく雪が
  あなたの足を いそがせるのか
  しばれる道が 気にかかるのか
  待って欲しいな 札幌の人

3 たなばた祭りの 一番町(ちょう)で
  ふとゆきあって 目と目があった
  ゆかた姿の すてきなあなた
  ささやきたいな 仙台の人

4 雨の今池 小さなスナック
  一人ぼんやり しているあなた
  ほろり涙が まつげにたまる
  抱きしめたいな 名古屋の人

5 今にも空が 泣き出しそうな
  道頓堀の 橋のたもとで
  何を思案の こいさん一人
  声かけたいな 大阪の人

6 泣いているのか 笑っているのか
  那珂川ばたに たたずむあなた
  ついてゆきたい あなたのあとを
  ふりむかないで 博多の人

 その頃(このCMが流れなくなって何年かを経て…)、すでにお店にはカラオケシステムが入ってはいた。しかし店お抱えのギター弾きの“先生”も存在していて、複数の店を掛け持ちしていた。一度だけ店のオーナーが“先生”に現金を支払っているのを垣間見たことがあった。社会人になってそこそこの若者にはそれこそ目の眩むような額であったと記憶している。そのくらい需要があって、カラオケにない曲など、まだまだ“先生”の出番は多かったのだ。この曲もカラオケの定番ではなくて、無理を言って伴奏してもらったような、そんなことも思い出した。

こんな映画を観てきた[14]

-007 ロシアより愛をこめて-(1963/英・米/テレンス・ヤング監督)

 言わずと知れた、世界的に(特に日本で…)ヒットしたシリーズである。「スターウォーズ」シリーズとはまた違った意味での“定番”であり、どちらかというと日本の「寅さん」シリーズにその性格は近いかもしれないと思っている。最近では、原作も底が尽きて、タイトルだけ旧作から拝借したり、一部原作を流用して作り直したり、当然ジェームズ・ボンド役も交代している。どうやら新作も公開予定らしく、新ボンドの登場ということのようだが、ボンド氏はやはりショーン・コネリー、世代的にはロジャー・ムーア(昨年亡くなってしまった)ということになろうか、なんとかティモシー・ダルトンあたりまでは許容(?)したいが、その後のボンドには何の魅力も感じない。その間、ジョージ・レーゼンビーという俳優も一度だけ“担当”したが、女性運動の高まり(一時ボンド氏は女性蔑視の象徴のようにとられて、ストーリーにも影響を受け、なんと一度だけ結婚してしまうのである…これは後の作品につまらない影を落としてしまう…『消されたライセンス』でボンド氏の過去を説明させてしまった)やら、とにかくいろいろ時代背景もあって、シリーズにとっても、本人にとっても気の毒な一作(『女王陛下の007』)となってしまった。もちろんテリー・サバラスの存在感までは否定できない。記念すべき第1作『ドクター・ノオ』はそれなりに(?)面白かったが、やはり顔見世的で、MもQもまだ十分に馴染んでいない(S・コネリーはさすがに“はまった!”というか、その後出られなくなった?!)。ボンドガール(最近では何人も何人も出てきて、一括して“ボンドビューティ”などといっている)はウルスラ・アンドレス、なに人の血が濃いのか知らないが、印象としては“アメリカ的”過ぎて“わぁ綺麗!”ということにはならなかった(以後、感想の全ては個人的見解である)。全てにおいて花開き、その後ついに越せなかったのが次の『ロシアより愛をこめて』である。ダニエラ・ビアンキ、この人は“美しい”と言い切って問題はないだろう。経歴を見ると、準ミス・ユニバースであったとのこと、このこともまた本編の中でちょっとだけ触れている(タチアナがボンドを誘惑するシーンで「口が大きい」と本人に言わせている、その年のミスは大きくなかったのだろう)。イスタンブールからオリエント急行でラストのヴェニスへの移動も旅情を駆り立て、敵役のロッテ・レーニヤ、ロバート・ショー、そしてお味方ではペドロ・アルメンドロス、どれも怪優というかやはり名優揃いで、どなたも欠かせない、どれをとっても歴史に残る名作となった(異論もあろうが…)。
 話は尽きないが、シリーズ中、個人的に好きな作品は、『ロシアより…』は別格として、『ダイヤモンドは永遠に』(ラスヴェガスの雰囲気が再現されていて興味深く、後に訪ねる動機となった、あくまでも雰囲気で、ギャンブル自体にさほどの執着はない)と『黄金銃を持つ男』(なんといっても、敵役のクリストファー・リーが出演したことが嬉しかった)、どちらかというと“小品”とでもいえるようなものがお気に入りである。観ていて肩がこらず、ただただ愉しく鑑賞できていた。あまりドンパチやって、ボンド氏をそれこそ深刻な窮地に追いやるという展開は苦手で、観ていて疲れる。ボンド氏はアクションよりも豆(豆ではないなあ…)知識を嫌味なく(少々嫌味でも可?)、品良く披歴できてこそボンド氏なのであり、そこに妙なリアリズムなど持ち込まない方がよろしい…と思っている。音楽においても、『殺しの番号』のテーマは別として、『ロシアより…』はマット・モンローの歌でスタンダードとなった。さらにシャーリー・バッシーの、『ゴールドフィンガー』と『ダイヤモンドは…』は同列で、カーリー・サイモンの『私を愛したスパイ』、シーナ・イーストンの『フォ・ユアイズ・オンリー』あたりは今なお聴いていて決して古くない。