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こんな映画を観てきた[45] いそしぎ

いそしぎ [The Sandpiper]
(1965/米 監督…ヴィンセント・ミネリ)

 なんといっても、この作品は本編よりも音楽である…それは言い過ぎとして、当時、夫婦だったエリザベス・テイラーとリチャード・バートンの、結婚後の初の共演作ということで何を見せられているのかという気がしないでもない(鑑賞したのは既にリバイバルで、状況は変化していた)が、主題歌『シャドウ・オブ・ユア・スマイル』はアカデミー賞の歌曲賞を受賞したこともあり、深く印象に残るところとなり、今では、すっかり〝スタンダード〟扱いである。
 画家のローラの前に現れて、彼女を愛することになった男は、妻子ある牧師で息子の学校の校長だった…というお話だ。
 エリザベス・テーラーといえば、40年以上も前のことになるが、生でご尊顔を拝したことがある。リリアン・ヘルマンの戯曲で、『リトル・フォクシーズ』というタイトルであったと記録にはあるが、内容はもちろん霧の中だ。ただ、お安い席で舞台からははるか遠く、辺りがけっこうな空席で、劇場のスタッフから前の方に移動するよう促されたにもかかわらず、それでも表情まではうかがえない、その肉声のキーの高かったことだけはかすかに覚えている。芝居がはねた後、ホテルに戻って、この話を日系人のホテルマンにたとたどしく何とか伝えたら「ラッキーだったね」と言われたが、どうやら彼は私がヴィクトリア・パレスで女王を見たと思ったらしい…、これもまたこちらの思い違いか、いずれにせよ遠い昔のことである。

こんな歌を聴いてきた    さらばシベリア鉄道

   さらばシベリア鉄道

     作詞…松本 隆
     作曲・歌…大瀧 詠一

  哀しみの裏側に何があるの?
  涙さえも凍りつく白い氷原
  誰でも心に冬を
  かくしてると言うけど
  あなた以上冷ややかな人はいない
  君の手紙読み終えて切手を見た
  スタンプにはロシア語の小さな文字
  独りで決めた別れを
  責める言葉探して
  不意に北の空を追う
  伝えておくれ 12月の旅人よ
  いついついつまでも待っていると

 一生に一度は挑んでみたい〝路線〟と想っていたが、想い続けて半世紀を過ぎてしまった。また、宮脇俊三の『シベリア鉄道9400キロ (角川文庫) 』を読んで、おなか一杯、これはよほどの意志と覚悟がないと無理、ましてや昨今の世界情勢はさらにその困難さを増しているが、これはまあ言い訳で、要するに一週間以上の継続した移動は体力的、かつ経済的にも難しいこと極まりなし…というわけで諦めた、とりあえず・・・
 唄について、太田裕美の歌唱をかつてよく聴いていたが、自分で口ずさんてみると、明らかに?大瀧詠一になってしまう(少しだけメロディも違っているような)…やはり歌の情景としての拡がり、奥行きはこちらであろうと再確認するところだ。それにしても、8泊9日(現在のスピード、所要時間はわからないが…(、ウラジオストックから、バイカル湖、ウラル山脈を越えて欧州に入り、モスクワを目指すこの長い移動、ひと言で旅などと生易しく表現できない、現実として耐えられるかどうか、全くもって自信がない。

こんな唄に出くわした[18]    恋の雪割草

   恋の雪割草

 西国生まれにとって、馴染みのある花ではない。オンタイムの記憶はないが、最近になってこんな唄に出くわした。

  恋の雪割草

     作詞:山口 洋子
     作曲:猪俣 公章
     唄 :藤 圭子

 あの人がいなくなる この町捨てて
 ほの白い雪あかり しばれる両手
 祈るように聞いてみた 春には逢えるのと
 肩にちらちら嘘と一緒に
 雪は舞うばかり

 細い道しんしんと 雪は降り積もる
 たたずめば鐘の音 かすかな汽笛
 もう二度と恋なんか しないと誓っても
 寒くないかと聞かれたらまた
 胸がじんとする

 泣きながら手をふった ちぎれるように
 目の中を遠ざかる やさしい笑顔
 今日からは一人ぼっち さみしい雪割草
 夢をひっそり抱いて咲いている
 北の遠い町

 遠い、遠い昭和の唄である。こんな詞が沁みるのは、おじさん、いや相当な〝時間〟を引き摺ったきりの、おじいさんだけかもしれない。「しばれる」、「汽笛」、「ひとりぼっち」の「雪割草」とくれば、現代では全く通用しないシチュエーションなのだろう。藤圭子はまごうことなき当時のアイドルであったが、ヒット曲が凄まじ過ぎてこの唄までに辿り着かなかったか、それともそれらの間に埋没してしまったか、ほぼ記憶になく、令和になって出くわしたというわけだ。それにしても雪割草とは、可憐というより可哀そうなイメージがここでは漂うが、深雪と馴染みのない身としては、春の気配を感じさせる花と、その字面から読み取るばかりだ。

こんな映画を観てきた[44] 哀愁

   哀愁
[WATERLOO BRIDGE]
(1940/米 監督…マーヴィン・ルロイ)

   「戦地は極限状態だ。次の瞬間何が起こるかわからない」
   「内地でも思いがけないことが起こるわ。私たちがこうして出会ったように」
                (和田誠著『お楽しみはこれからだPart3』より)

 この原題でもあるロンドンはテムズ川にかかるウォータールー橋、大昔〝聖地巡礼〟として?訪ね、徒歩で渡ってみた。既に近代的な姿で、背景もそうだが、映画の面影はなかったと記憶している。
 恋人(美男の代表=ロバート・テーラー)の戦死の知らせで捨て鉢になったヒロイン(美女の代表=ヴィヴィアン・リー)は身を落としてしまうが、偶然の出会いの後、この橋の上で軍用車の列に飛び込む。冒頭は彼らが出会ってまもなくの会話である。
 ちなみに、劇中キャンドルライトの中でダンスをするシーンで使われていた曲が「別れのワルツ」で、これが日本に伝わって「蛍の光」となったのであるが、卒業式だけでなく駅のプラットホームや船の出港の際に流れ、デパートの閉店時間に流れ、果てはパチンコ店、それからそれから…、それぞれ〝お別れ〟のシーンで使われている、が、映画好きとしては少々興が冷めるか?!

こんな歌を聴いてきた    ロマンスは熱いうちに

   ロマンスは熱いうちに

作詞:松井五郎
作曲:いけたけし
唄: 麻倉未稀

  うまいJokeでいつも
  恋人はかまってくれる
  だけどそのうち誰に
  話したか 忘れてく
  ノックされても答えに
  こまるような Midnight Blue
  胸のどこかで響く
  たよりない Sweetest Heart
  それでもきっと Everynight
  ひとりでいると Tenderness
  半分みるとLoneliness
  Be Mine. Without You

  輝きを逃がさない 素敵な瞳なら
  都会はふたりを はなさないから
  きらめきの数ほど ときめきをみつけて
  はじけた心に
  忘れないで 今 ロマンスは熱いうちに

 発表当時、麻倉未稀という歌手が唄うこの曲が気に入って(どうしたわけか『ヒーロー』というのは、あまり好みではないが…)、レコードを購入した記憶がある。彼女が出演した協和発酵・焼酎『SUN』のCMイメージソングとして使用された。その頃焼酎のブームがあったような、この酒を永福町の駅前の酒屋でよく購入したものである。つまり、このCMは大成功であった…ということに尽きるのである。
 唄う曲ではない、専ら聴くばかりなのだが、詞も頭には入ってこず、覚えるなどもってのほかだ。ただ聴いていて、元気になるというか、とにかく沁みたりはしないが、実に心地よいのだ。

こんな映画を観てきた[43] ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ
[The Long Goodbye]
(1973/米 監督…ロバート・アルトマン)

  泣いた女が バカなのか
  だました男が 悪いのか
      (『東京ブルース』)

 少々痛い目に遭うかもしれないが、やはり人としては信じる側を選びたい…そんな作品である?とにかく、ネタバレになる(さすがに〝時効〟だろう)が、親友と思っていた男に大掛かりに騙されるお話なのだ。
 フィリップ・マーロウものというのは、過去にいくつもあったが、評価はともかく、このエリオット・グールドのマーロウが個人的には好みだ。『マッシュ』以来、大好きな俳優さんで、おかしいがすごく真面目で、自然だが、十分な存在感を示している。『マッシュ』でのドナルド・サザーランドとの渋くも絶妙な掛け合いも良かったが、ここでの殆ど〝一人芝居〟、全篇スキなしといったところは実にかけがえのないものであるとの印象を持った。更に音楽(Music Composed by John Williams; Vocals: Jack Sheldon )が本編を盛り上げて雰囲気たっぷり、「映画音楽お気に入り」にしっかりと入っている…個人的な!

38年ぶりの奇跡

  監督 61 藤本定義

  1遊 23吉田義男
  2二 2本屋敷錦吾
  3中 7並木輝男
  4左 8山内一弘
  5右 19藤井栄治
  6一 24遠井吾郎
  7三 1朝井茂治  16三宅秀史
  8捕 29辻 佳紀
  9投 11村山 実  4バッキー

 これは1964年の阪神タイガースの開幕オーダーである。サードは朝井、投手は村山であったらしいが、それぞれ、三宅とバッキーであって欲しかった…と資料を見て思い、2名連記とした。
 この年、阪神は2年ぶりにリーグ優勝はしたものの、東京オリンピックの盛況ぶりに押されて?たいして盛り上がりも見せず、こちらも10歳とあっては記憶にも薄い。日本一になるのはそれから21年後、私は31歳になっていた。10代20代のどこかでその感激を味わうことができていたら、その後の人生も多少変わっていたかもしれないなどと、ひとの所為にはできないが、そう想ったりもする。それからまた実に38年、世はとびきりの経済効果などと賑やかだが、38で割ればたいしたことではない、一時の高揚は冷めると、その後の停滞期間も長引くとことは世の常だろう。そう思い、覚悟してしまうのが、これがまた阪神ファンの哀しい性なのである、もちろん人によってのことであるが…
                  ◇
 それにしても…である、1番ショート吉田、2番セカンド本屋敷、まさに痺れる〝立ち上がり〟だ。とりわけバットを短く持って、それでいて忘れたころにレフトポール際にホームランを放ったりもする、また捕るよりも先にファーストに投げていたと言われる名遊撃手吉田義男をおいて他にミスタータイガースは居ない…と思っている。クリーンナップ陣は言うまでもなく一級品だが、6番ファースト遠井というのがまた心に沁みる。二日酔いで試合に臨んだことも一度や二度では…などという伝説の持ち主だが、見た目には派手さはなく、あくまでも地味、〝職人〟好きにはたまらない選手である。そしてキャッチャーは〝ひげ辻〟こと辻佳紀、阪神の捕手は田渕!ということに異論はないが、この選手のことは忘れられない。
 ただ、繰り返しになるが、この後もう少し、数年に一度いい…日本一なんてことを少年たちに見せてくれていたら、それぞれもっと違った人生を歩むことになったかと想うと忸怩たるところもあり、それでも、だから嫌いに…などは決してなりはしないのである。

こんな映画を観てきた[42] ミスターグッドバーを探して

   ミスターグッドバーを探して [LOOKING FOR Mr.GOODBAR]
        (1977/米 監督…リチャード・ブルックス)

   永遠の孤独

 何故に彼女は孤独にならなくてはならなかったのか、街をさまよう彼女の瞳は子供達を優しく見詰める昼間のものと何等変わりはないのに、何故彼女は夜毎その扉を押すのか・・・
 或る日、彼女は“血”に対する疑惑を解くために不妊手術を受ける。一見冷ややかにも思えるその行為は、最も愛するものへの優しさに満ちた答えであったと信じたい。不幸な“血”は此処にこうして途絶えた・・・
 残された肉体と、隙間だらけの心はそれ以降激しく、それでいて冷たく燃焼し続ける。
そんな彼女に、街は決して理解を示さない。酒もコカインもそしてセックスも彼女にとっては断片に過ぎない。彼女を優しく包むものは何処にもない。探しても見つからぬものをあなたは何故そんなにまでして探すのか。探すことだけがあなたにとって存在の証だったのか?!
 あなたが背中の傷に支配されつつ生きたように、私もまた日常に支配されつつもやはりミスター・グッドバーを探し続ける、そうすることだけが存在の証だとすれば、もはや何も思い残すことはない。...1978年3月記

こんな唄に出くわした[17]    さよならさざんか

   さよならさざんか

     歌手:藤田絵美子
     作詞:宇山清太郎
     作曲:平尾昌晃

  ふりむくな
  ふりむくなと言う人が
  何度もふりむくふりかえる
  さよならさざんか 坂の町
  小雪のように花びらが
  こぼれて散って泣けました
  あぁ~~泣けました

  忘れなよ
  忘れなよと言う人の
  かなしい心は忘れない
  さよならさざんか 坂の町
  恋しくたって逢わないと
  誓った指がいたみます
  あぁ~~いたみます

  もう泣くな
  もう泣くなと言う人が
  夕陽に泣いてる影法師
  さよならさざんか 坂の町
  あの町角を曲がったら
  あなたの胸にかえれない
  あぁ~~かえれない

 お馴染みの、今でも昼間の再々々?放送で、昼間在宅していることが多い身としてはほぼ毎日お目にかかる『必殺シリーズ』のうちのどれかのシリーズのエンディングテーマである。大ヒット(といてもいいのだろう…)した、西崎みどりの『旅愁』の陰に隠れて、ほぼ世に出なかった、いやこの目に耳に留まらなかった…というわけで、ようやくに出くわしたのである。
 これは主演の藤田まことの次女(藤田絵美子)による歌唱とのことだが(そうだったかなぁ…)、一向に思い出せないが、改めて聴くと、声も歌い方も独特で、なかなかに趣があって繰り返し聴いてみたくもなる。昭和の唄はよく沁みる…ものが多い。

こんな映画を観てきた[41]    看護婦のオヤジがんばる

   看護婦のオヤジがんばる
   (1980/日 監督:神山征二郎)

 微かな記憶である、細かい事は覚えていない。タイトルすらあやしかった。確かテレビ鑑賞であったかと思うが、あくまでもコメディ仕立てで、テーマの押しつけもなく、ただただ愉しくも感動することの多い作品だった。絵の道に進みたかった夫(前田吟)は仕事が終ると家で版画を彫ったりしている。結婚の時に、「好きな絵を描かせてあげる」と理解ある妻(佐藤オリエ)は看護婦である。
 ところが看護の仕事はまさに激務で、夜勤続きから過労で倒れる。子供の世話など家事一切が夫の役割となって彼は途方に暮れる。命をすり減らすように献身的看護を続ける妻に、この夫はどう対応したか?やがて夫は意を決して「十分な労働条件と休息がなぜないのか、看護婦のオヤジたちよ、あなたは辛くはないですか。このままでは私たちの家族は完全に破壊される。政府は、厚生省は、わたしたちをどうしようとしているのですか……」(すっかり忘れていたが、資料によると投書の内容はかくのごとしであった…)と新聞に投書した。その反響が大きかったというお話である。メッセージは重く、それなりの狙いもあったろうが、なんとなく鑑賞後爽やかな気分になったことを覚えている。
   ※『看護士』とすべきところかもしれないが、ここではタイトルに敬意を表して『看護婦』とした。