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夜の訪問者1982  維納(墺)の夜

   私は第何番目の男
 
 闇の中を走る。迫るサーチライト。ほんのり浮かび出る思いがけない顔。光と影は裏表、しかし時に交差することがあって、そこに日常でない瞬間が異彩を放つ。
 ウィーン南駅。荷物を預けてベンチで休む。風邪気味なのかもしれない。しばらくして最後にもう一度プラターへ行こうと立ち上がると、明らかに日本人が近づいてきた。
「ザルツブルグへはこの駅からではないのですか?」関西なまりだった。
「いいえ、西駅からです。市電の18番に乗れば15分ほどです」余りそうなトラムの切符を1枚進呈した。
 私は0番のトラムへ...
 依然体調は悪い。それでもまたプラターに来てしまった。『第三の男』の大観覧車、今日はさすがに乗らない。そのかわりに20シリングを支払って、子供や老人に混じって園内を走る子供列車に乗車。子供列車といっても馬鹿にできない、駅が3つで公園の森を一周しておよそ20分間、けっこうスピード感もある。
 23:00発の夜行列車に乗るために南駅に戻る。発車までまだ時間があったので構内で休む。疲労はピークに達し、異国の地で私はひとりでこうして何をしているのだろう。
 オーストリア紳士(なりだけはなかなかのジェントルマンだが、この時間に構内で立ち飲みではやはり相当に怪しい)が近づいてきて英語で話しかけるが、相手になる気力も失せてよろよろとその場を離れた。
 まだ少し早いが、入線済みの列車に乗り込む。14番線397号車66番(61~66番のコンパートメント)、予約は私一人のようだ。相当に長い編成の列車だが、今のところ乗客は疎らで、夜汽車は空いているとは聞いていたが、これほどとは、薄気味悪いほどだ。
 隣の15番線に22:50発ザグレブ行き『バルカン急行』が入線。ここで連結されるのだろう、牽引の機関車が客車を切り離して消えていった。
 予約を取るときに「Smoke」とはっきり言ったはずだが、しっかり禁煙室だった、もうどうでもいい。
 『バルカン急行』にオーストリア国鉄の機関車連結。目の前の車両はザグレブ止まりだが、列車自体はその名の通り、アテネ迄の運行だ。定刻に静かに出て行った。
 私の『オーストリー・イタリー急行』も定刻に発車。ウィーンの夜は静かで、列車から発する音が余計に悲しいほどの静寂を際立たせていた。
 早暁に国境を越えるはずだ。