日別アーカイブ: 2017年9月9日

こんな映画を観てきた[1]

 村はずれの農協の脇にその名も『農協会館』というものがあって、普段どういう風に使われていたものか全く覚えていないが、週末だけは映画館として立派に営業されていた(小学校に通うようになったころには、既に倉庫に成り下がり、落ちぶれ果てていた)。昭和のちょうど真ん中からちょっとだけ後半に差し掛かった頃、ここで観た『丹下左膳」…こけざるの壺…』を父親の胡坐の中に納まって観たのが、物心ついて映画というものに接した最初だった(もしかするとそれ以前にもよくあったことなのかもしれないが、ここに及んで何とか記憶の端に残っている)。大河内伝次郎ではなく、大友柳太郎の“左膳”だったような気がするのだが、いずれも確かではないし、その父も今はこの世にない。トイレ近くに売店が出ていて、小学校の校門前で文房具や駄菓子などを売っていた“大塚のおばちゃん”という人が、たぶん農協から依頼されてのことなのだろうが“売り子”をしていて、5円のアイスキャンデーを父に買ってもらい、それを舐めなめ、齧りながらチャンバラを観ていた。
 中学二年の頃、祖母(父方)が腹膜炎を患い町の病院に入院した。その見舞いのついでというか、列車の時間待ちの間(なにしろ五分おきに電車が来るような所ではないので)だったか、そうではないだろう…、駅から10分程の川沿いにあった映画館(こちらは常設)で『卒業』を観た。併映されていたのが、アラン・ドロンの『あの胸にもういちど』という作品で、いずれも中学生にはいささか刺激が強いものだったが、もしかすると祖母の見舞いというのは口実で、実はこちらが主たる目的だったのかもしれない。記憶を辿るにつれ、そちらの方が“真実”であったような…きっとそういうことだったのだろう。  『卒業』については、その後劇場で、テレビで繰り返し観ることになるのだが、後者の方もやはりどこかで改めて観たような気もする、その証拠に導入部からエンディングまで、その内容を今でもけっこう詳しく覚えている。
 大学に入って、いよいよ今度は『スティング』、これでどっぷりとはまってしまい、以後しばらくの間、学校そっちのけで?“映画三昧”ということになるのだが、人工的な暗闇は別天地、知的なものに留まらず、あらゆる方面への好奇心を満たすための、それぞれの世界への“ワープポイント”、或いは“タイムトンネル”となっていったのである・・・