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東京

こんな唄を聴いてきた、
恥ずかしながら唄ってもいた…

   作詞・曲 森田 貢
   歌 マイペース

  最終電車で 君にさよなら
  いつまた逢えると きいた君の言葉が
  走馬灯のように めぐりながら
  僕の心に火をともす
  何も思わずに 電車に飛び乗り
  君の東京へ東京へと出かけました
  いつもいつでも夢と希望をもって
  君は東京で 生きていました
  東京へはもう何度も 行きましたね
  君の住む美し都
  東京へはもう何度も行きましたね
  君が咲く花の都

 東京、ひいては東京駅を主な舞台とした唄には、あの、CMで一世を風靡し、今でも年に一度は聞かされる曲の方が有名かもしれないし、売れたのだろうが、個人的には断然にこちらである。昔々「東京ラプソディ」なんてものもあったが、そう、東京は〝花の都〟だったのだ。田舎にいたころ、テレビのニュースでおしまいの5分くらいになるとそれぞれの地方局のスタジオからのローカルニュースということになる、これがいやだった。東京に来て(もう半世紀にもなるが…)、ローカルニュースもまた東京のスタジオから首都圏のニュースを伝える、これが実に心地良かった記憶がある。インターネットに“支配された”現代では、こんな事はすでになんの意味も持たいないのかもしれないが、家を出て、東京に出るというのはそれなりに夢も希望も、そして覚悟もあったのだ。

正直者が馬鹿を見る… それでもいいが

 コロナ、オリンピック、選挙(東京都)で、また賑やかなばかりで、中身のないむなしいだけの時が移っていく。報道から流れ来るものは何もかもが矛盾だらけ、〝上〟からのプレッシャーは行儀の良い者のみにのしかかり、そうでない者はどこ吹く風ということになる。するとそれまで行儀の良かった者たちが疲れ切って、楽な方にその考えも流れゆく、よって、世は無秩序状態に陥り、とりかえしのつかない出口が待っている。
 それぞれの事情やら都合が優先し、人は選挙に行かず、もって、低い投票率で、投票した人の意志というより行かなかった人たちの〝意志〟が反映された結果なのではないか。そうした〝結果〟を都合よく解釈し、支持が高いとか、勝手な解釈を披瀝する薄っぺらぶり、これで、誰が誰のいう事を信じ、従うというのか、対応としては、つまり諦めか無視か…とうことになって、正直者だろうが、そうでなかろうが答えは〝同じ〟なのだ。
 せめて基本的な権利ぐらいは行使しようというぐらいな事しか言えないが、〝軽んじない〟、〝逃げない〟、〝へたな嘘はつかない〟くらいの意識が常識として通用する社会であってほしいと思うのみである。
 それにしても、〝今年開催〟のオリンピックに異を唱える者を〝反日的〟と言ってしまう感覚には、呆れるよりただただ空恐ろしい…

こんな映画を観てきた[20]

旅情[Summertime]
   (1955/英 監督:デビッド・リーン)

 ジェイン(キャサリン・ヘプバーン、38歳…この年齢もまた物語展開の重要な要素だった)は、欧州見物の夢を実現し、ヴェニスにやって来た。一人で見物に出かけたサンマルコ広場の喫茶店で中年の男(ロッサノ・ブラッツィの視線に気付き、あわててそこを去った。

     …

 ヴェネチア・サンタルチア駅、ほんとうに海のうえだ。ヴェネチア・メストル駅からサンタルチア駅まで5分少々、線路と道路だけの海の回廊。街全体が冗談でなく今にも沈んでしまいそう。
 此処には車は走っていない。狭い路地と網目のような大小の運河、従って船か歩きだけが移動の手段で、迷路のような路地を縫うように進むと、広くて大きな教会と広場に出る。石畳にテーブルと椅子が整然と並べられ、その一角では夕方からの演奏の準備が進行中だ