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こんな唄に出くわした[29]    棄てるものがあるうちはいい

   棄てるものがあるうちはいい

  作詞…阿久 悠
  作曲…村井 邦彦
  唄 …北原 ミレイ

  泣きぐせの 酔いどれが
  ふらふら 行く先は
  波しぶく桟橋か 男のいる町か
  ぼろぼろの手紙は 別れのものだろが
  死ぬことはない 泣くことはない
  棄てるものがあるうちはいい

  まだ若い やせた娘が
  泣き泣き 行く先は
  街角のうらないか はずれの教会か
  星のないさだめと うらんでいるだろが
  死ぬことはない 泣くことはない
  棄てるものがあるうちはいい

  家(うち)を出た 二人づれ
  だまって 行く先は
  別々の駅なのか 手紙を書く場所か
  愛さえも疑い くやんでいるだろが
  死ぬことはない 泣くことはない
  棄てるものがあるうちはいい

 『懺悔(ざんげ)の値打ちもない』の続編みたいな楽曲である。同じ阿久さんの曲で当然だが、昭和史に残る名曲…だと勝手に思っている前作に対して、少々地味で、微かに聞き覚えはあるが、大ヒットとはいかなかったかもしれない。製作側としては、北原ミレイにこういった社会性を若干持たせた路線のものを歌わせたかったのだろうか。『石狩挽歌』もそうか?ところが彼女、その後歌い続けた曲を聴くと、どうも納得はしていなかったのか、路線を踏襲したとは想えないふしがある。そんなことはどうでもよろしい…この曲が十分に沁みてくれるものであってくれれば。

こんな映画を観てきた[58] チャンス

   チャンス
  [Beeing There ]
(1979/米 監督…ハル・アシュビー)

 私の好きな映画俳優、女優部門、文句なし第一位のシャーリー・マクレーン、久しぶりの登場である。この少し前に『愛と喝さいの日々(1977)』があり、アン・バンクロフトとのこれもまた好きな女優さんとの共演だったのだが、どうもそのタイトルが嫌で観なかったような…それはともかくとして、『アパートの鍵貸します(1960)』の〝フラン〟からは随分とお年を召された(当然のことである!)が、やはりあの雰囲気は相変わらずであった。ただし主演はピータ・セラーズ、お馴染み?『ピンクパンサー』のクルーゾー警部で、一方に『博士の異常な愛情』といった一面はあるが、やはりコメディの名優である。
 主をなくして、あとに遺された庭師の話で、それまで世間とは全く隔絶されて生きていた人間がその無垢さゆえに現実社会のなかで、そこに大きな影響を与えていく…というものだが、政治に結びつけるのはなんだか成り上がり物語の匂いがして爽快感はない。シャーリー・マクレーンはそんな庭師と社会を結びつける媒介としての役割を担う。