棄てるものがあるうちはいい
作詞…阿久 悠
作曲…村井 邦彦
唄 …北原 ミレイ
泣きぐせの 酔いどれが
ふらふら 行く先は
波しぶく桟橋か 男のいる町か
ぼろぼろの手紙は 別れのものだろが
死ぬことはない 泣くことはない
棄てるものがあるうちはいい
まだ若い やせた娘が
泣き泣き 行く先は
街角のうらないか はずれの教会か
星のないさだめと うらんでいるだろが
死ぬことはない 泣くことはない
棄てるものがあるうちはいい
家(うち)を出た 二人づれ
だまって 行く先は
別々の駅なのか 手紙を書く場所か
愛さえも疑い くやんでいるだろが
死ぬことはない 泣くことはない
棄てるものがあるうちはいい
『懺悔(ざんげ)の値打ちもない』の続編みたいな楽曲である。同じ阿久さんの曲で当然だが、昭和史に残る名曲…だと勝手に思っている前作に対して、少々地味で、微かに聞き覚えはあるが、大ヒットとはいかなかったかもしれない。製作側としては、北原ミレイにこういった社会性を若干持たせた路線のものを歌わせたかったのだろうか。『石狩挽歌』もそうか?ところが彼女、その後歌い続けた曲を聴くと、どうも納得はしていなかったのか、路線を踏襲したとは想えないふしがある。そんなことはどうでもよろしい…この曲が十分に沁みてくれるものであってくれれば。