月別アーカイブ: 2025年11月

こんな映画を観てきた[61] ナイル殺人事件

   ナイル殺人事件
 (1978/英・米 監督:ジョン・ギラーミン)

 原作は、言わずと知れたアガサ・クリスティである。ナイル川を遊覧する船の上での事件、列車(オリエント休耕殺人事件)、砂漠(死海殺人事件)、孤島(地中海殺人事件)、ステージの大小はそれぞれだが、いずれお馴染みの密室殺人事件の推理ドラマだ。
エルキュール・ポアロにはピーター・ユスチノフ(個人的には、作り込んだアルバート・フィニーがよかったのだが…)、まず殺害されるのがロイス・チャイルズ(007ムーンレイカーでボンドガールに抜擢されてこの頃が絶頂だったか?)、他にジェーン・バーキン、ベティ・デービス、ミア・ファロー、ジョン・フィンチ、オリビア・ハッシー、ジョージ・ケネディ、アンジェラ・ランズベリー、デビッド・ニーブン、マギー・スミス、ジャック・ウォーデン、・・・この中に、犯人がいたり、次に完全犯罪遂行の邪魔になって殺害される人物がいるわけだが、もうそんなことはどうでもよろしい、さぞかしそのギャラだけでもたいへんなことになっていたろうと推察される、豪華を超えて、少々やり過ぎ、〝顔見世興行〟の様相だ。おのずと展開が緩慢で内容も若干薄めになってはしまわないかと心配してしまう。さて結果は?評価はそれぞれだろうが、案の定というか、とりあえず〝クリスティ原作のポアロ物〟ということで、こちらとしては大満足なのである。
詳しくは言えないが…ポアロがミア・ファローに言う…
 「邪悪を心に入れると棲みつきますよ」
 「愛のない心には邪悪も入るわ」(『お楽しみはこれからだ・PART3』和田誠著)
絢爛豪華、どんでん返し、やり過ぎると少々浅はかな事になってしまうこともある。〝邪悪〟はやはり潜むもので、そうした部分は表に出さずにこちらにじっくり読み取らせて欲しかった、そうしないと大団円の驚きも納得するばかりで驚きはない…と当時思ったような記憶がある。

こんな唄に出くわした[32]   矢車の花

   矢車の花

      作詞:小谷 夏
      作曲:中村泰士
      唄:北原ミレイ

  後姿の女の背中に 細い径がある
  径をたどれば女の胸には
  涙の谷がある
  忘れてくれなんて
  言うから忘れない
  矢車の矢車の花を一輪
  もう一度夢ひとつ咲かせてみたい

  恋をなくした女のほほには
  白い河がある
  河を下れば女の瞳に
  涙の海がある
  愛しすぎたことに
  どんな罪があるの
  矢車の矢車の花は乱れて
  実らない恋ひとつしおれて消えた

  想い出さがす女の心に 暗い坂がある
  坂をのぼれば女の住む町
  涙の町がある
  あなたが帰るまで
  心に灯をともし
  矢車の矢車の花を一輪
  諦めたこの胸に飾って待つわ

 同じ唄を小林幸子も歌っていて、こちらは『矢車日記』というタイトルで、〝立派な〟歌謡曲であるのに対して、北原ミレイのものとなると、より裏のうらがありそうで、いずれも沁みるが、くり返し聴き込んでも飽きることなく、つまり沁みこみ方(?)が随分違うのである。

こんな映画を観てきた[60] 友よ静かに死ね

   友よ静かに死ね
  [LE GANG]
(1976/仏 監督…ジャック・ドレー)

 アラン・ドロンの訃報から一年が経った。この人、〝死〟というものに対して、ある種美的なものを感じて、それを作品に持ち込んでいたのかもしれない。この時期の作品では、彼は最後にはよく死んでしまう。ここでも、ラストに近く、強盗先の女主人に銃弾を撃ち込まれてしまい、とはいえ、虫の息であじとにもどり、悲しみにくれる恋人や仲間達に囲まれるのだが、ただでは死なない。内容はというと、プログラムがあるので、確かに見もしたし、珍しく原作(ロジェ・ボルニッシュ、もちろん翻訳)を購入して読んだ。えらく厚く、長い物語だったようだが、映像ともどもあまり記憶に残っていない、そういう一本だったのだろう…あくまでも個人的にということで。
 パリがまだ戦争の傷跡をなまなましく残していた頃。どこにでもいるような平凡なその男たちこそ、実は愛車シトロエンを駈って神出鬼没の犯罪をくりかえして警察の激昂を買っているギャング一味だった…という物語。プログラムには「暗黒街に生きる男を演じるとき、まさにその本領を発揮するアラン・ドロンが、みずから製作・主演」とあるが、本領はまた別のところにあったような…それでも、ドロン自らの製作であることからして、彼の思い通りのスタッフ、キャストを揃えたのだろう。微かな記憶だが、小道具としてのシトロエンなども彼所有のコレクションであったような…それはまた別の作品の事だったかもしれない。

こんな歌を聴いてきた    リリー・マルレーン

   リリ・マルレーン

  作詞:Hans Leip, Nobert Schultze
  訳詞・歌:加藤登紀子
  作曲:Hans Leip, Nobert Schultze

  ガラス窓に灯がともり
  きょうも町に夜がくる
  いつもの酒場で陽気に騒いでる
  リリーリリーマルレーン
  リリーリリーマルレーン

  男達にかこまれて
  熱い胸を躍らせる
  気ままな娘よみんなのあこがれ
  リリーリリーマルレーン
  リリーリリーマルレーン

  おまえのあつい唇に
  男達は夢を見た
  夜明けがくるまで すべてを忘れさせる
  リリーリリーマルレーン
  リリーリリーマルレーン

  ガラス窓に日が昇り
  男達は戦(いくさ)に出る
  酒場の片隅 一人で眠ってる
  リリーリリーマルレーン
  リリーリリーマルレーン

  月日は過ぎ人は去り
  おまえを愛した男達は
  戦場の片隅 静かに眠ってる
  リリーリリーマルレーン
  リリーリリーマルレーン

 もう半世紀も昔のことになろうか、TBSラジオの深夜放送に『パックインミュージック』という番組があって、パーソナリティは野沢那智さんと白石冬美さんだった。そこで、鈴木明というライターを招いて「リリー・マルレーン」をテーマに2時間特番を組んだことがあり、ご丁寧に、カセットテープに録音して何度も聴きなおした記憶がある。テープは長く手元に在ったが、引越したり、肝心のプレイヤーがなくなったりで、今や行方不明だ…でも、物持ちの良さから?まだ何処かにあるかもしれない・・・
 そこで、一番の記憶に残るのが、大戦時、欧州戦線において、敵味方双方がある時刻になると同じ唄をラジオで聴いていたのだという、それが『リリー・マルレーン』だった。さて日本兵はどうだったのか、どうやら日本の軍用車(自動車やら戦車やら?)にラジオが付いてなくて聴かなかくて、ついぞ流布しなかったということらしい。
 〝『ドイツ兵のみならず、イギリス兵もラジオをその波長にあわせ、毎晩耳を傾けた。』歌は戦線を越えたのである。前線ばかりでなく、ドイツ国内でも、「21時57分にはベオグラード放送にダイヤルを」が合言葉になった…。〟(『リリー・マルレーンを聴いたことがありますか』鈴木明著)
  兵営の前 営門のわきに
  ラテルネ(街燈)が立っていた
  それはいまでも立っている
  そこでまた君に逢おう
  あのラテルネの下で
  もう一度 リリー・マルレーン
  ※著者訳

 映画にもなった!『リリー・マルレーン』(1981/西独 監督:ライナー・ベルナー・ファスビンダー)。歌手であり、女優でもあったというララ・アンデルセンの生涯をもとにして物語としたものである。その内容としては、「歌とはあまり関わりなく、印象として弱く、さほど記憶にも残っていないが、この歌だけはずっと心に沁みっぱなしという事に相成った。」と当時のメモにはある。