むかし、アメリカで『アメリカングラフィティ』(1973・米)という映画がかかった際、ローラースケートを履いたウエイトレスがトレイを運ぶ ど派手なドライブインが登場した場面で、観客から爆笑が起こったというが、それは決して「そういえばこんなものがあった!」という感慨だけでなく、 相当に複雑な思いがあってのことだったのかもしれない。全てはベトナム戦争以前のことだったのだ。『いちご白書』(1970・米)は青春の1ページに 過ぎないかもしれないが、『ヘア』(1979・米)となるとそうはいかない。その総合的な“評価”については、これはあくまでもステージのための ミュージカル作品であるわけで、そちらのことに譲るとして、映画にしてくれたということに、せめてもの感謝の気持ちを表したい。それはともかく、 流れ流れて取り返しがつかなくなる前に何とかしたい、しなければならない。信念とまでは言わずとも、冷静な批判と判断のための意識がないと、世の中 全くもってバランスを逸してしまうことにもなりかねない。大きな声にも怯まず、しらけず、あからさまな“反抗”は“思う壺”で、かえってある種の “口実”を与えてしまうことにもなりかねないが、それでも何か策なり、まだ“て”はあるはずだし、寡黙は許されるとして、決して目を瞑ったり、 ましてやあきらめるべきではないだろう。戸惑いの微笑みの中で、運命に身を委ねるというのは、あまりにも過酷で無慈悲なことではないだろうか。