こんな映画を観てきた[3]

 アンタッチャブル【1987/米】

 映画『アンタッチャブル』(1987/米/ブライアン・デ・パルマ監督)のラストで新聞記者に「禁酒法が間もなく撤回されるとのことだが…」との問いにエリオット・ネス(ケビン・コスナー)はこう答えた「一杯やるさ」。当時の“(鑑賞後の感想記録、略して)鑑想記”には、やや気が利きすぎていて、かえって興ざめしてしまったとある。「消費税が廃止されたらどうしますか?」と尋ねられたらなんと答えよう、「寄付でもしますか」ではふざけ過ぎだろうか。
 デ・パルマ監督といえば、『キャリー』(76)、『殺しのドレス』(80)など、ややマニアックな印象と、人間性のかけらもない、というよりむしろ人間性を無駄なものとして削ぎ落としてしまう容赦のなさから、高所恐怖症で先端恐怖症のわが身としては敬遠したい人であったが、これは無知からくる全くの誤解、人間味に溢れた作品といえる、と“鑑想記”は続く。更に、幕がおりて席を立つには立ったが、膝がふるえて歩き出せない、久しぶりの昂ぶりだった、とあり、相当に感動したらしい、かすかに記憶もある。映画は、いかにもアメリカ映画らしく、判事を巻き込んで、買収された裁判員を総取替えしてカポネ(ロバート・デ・ニーロ)を有罪にしてしまうというどんでん返しで、爽快感に満ちたエンディングを迎える。そして随所に名場面と名言を散りばめている。「警官の仕事は、毎日生きて家に帰ることさ」、これはネスとジミー・マローン(この作品で苦難の果てに漸く精彩を放つことになったショーン・コネリー)の出会いのシーン。更にジミーは、証人を殺されてカポネの起訴が取り止めになりそうになった時、次いでフランク・ニティ(ビリー・ドラゴ)に撃たれ瀕死の状態で繰り返し言う、「打つ手を考えろ」は示唆に富んでいる。ただ1箇所、ネスが家族(妻は後に『ダーティ・ハリ5』に出たパトリシア・クラークソンで、いかにもクリント・イーストウッド好み?)の身の安全を案じてうろたえるところは間が抜けていて不要であるとか、殺し屋ニティの印象の薄さはいかにも残念であるとの“辛口”批評も忘れていない。30年も大昔のことだが、まさに昨日のことのようだ。