責任逃れでは済まされない

 「足りない部分があったとは思います」、「責任がおありとお考えですか」との問いに対するこたえである。いかにも、望まぬポストに止む無く“通過点”だからと半ば諦めぎみに就いてはみたものの、何事もなく過ぎると思いきやさにあらず、どうして自分が担当の折にこんな事態が出来してしまったのか、“ああ、ついてない…”といったご様子なのである。『長』がつく方の弁明はいつもこうだ。ましてや教育に関わる人物とあっては、まさに教育上よろしくないと言わざるを得ない。慣れないことによる不謹慎な(?)薄笑いは緊張によるものと仕方ないとして、「大いに責任を感じます」となぜ言えない。この部分を認めたうえでないと、今後の対策もなにもあったものではない。
 辞めれば或いは罷めさせれば済む話ではないのかもしれないが、かといって時が過ぎれば…ということでもあるまい。翻訳すると「悪いのは自分ではない」、さらに「自分だけがなぜ責められるのか」ということになろうか。