「さすらい」

 一字一句がきちんと音符に乗っかっていて、歌唱の力と相まってこちらの心に沁みる沁みる…年を取ると余計に受け入れるのに何の抵抗もできなくなってくるし、そもそも拒む理由もない。『昭和の唄』だからというわけばかりではないけれど、長い時を経て、それぞれの記憶の数だけ“引っかかり”も多くなるということなのだろう。
 さて、何をどういう順番で聴いていくか、近頃は、藤圭子の当時売れたとは思えない(少なくとも引っかからなかった)唄と他人の唄をカバーした曲たちに凝っていて、片端から飽きもせず(飽きるまで?)夜中になるとこっそり聴いている。時間はたっぷりある…
 『さすらい』(克美しげるのものではないが、こちらもまたなかなかに沁みる…)、『はしご酒』、『京都から博多まで』(これはヒットした!このアンサーソングというか、その後、『私は京都に帰ります』というのもあったが、これはちょっと“リスト”には入れられない)、『京都ブルース』(これは良い)、『恋の雪割草』から『花は流れて』、『さいはての女』、カバー曲から『北の蛍』、『ひとり酒場で』(いっずれも森進一)、そして『哀愁の町に霧がふる』(久保浩、他)、さらに青江三奈の『池袋の夜』、『長崎ブルース』では、またオリジナルとは違った趣で“沁みて”くる。というわけで、すっかり真夜中を越える。
  『さすらい』
   作詞:よしかわ かおり
   作曲:遠藤 実
   歌:藤 圭子
  ことば忘れたくちびるは
  草笛ひとつ吹けるだけ
  たんぽぽとって髪にさし
  今日さすらいの風の中

  ゆうべ抱かれたあの人の
  面影すらも今朝はない
  ただゆきずりのそれだけで
  心交わしたわけじゃない

 克美しげるの歌では、「泣いてくれるな流れの星よ 可愛い瞳によく似てる 想い出さすなさすらい者は 明日の命もままならぬ」で始まるのだが、女がさすらうとこうなる?恐ろしい!!