もう止しにしましょう

 「もう止しにしましょう」というと、「そんな単純なことではないんですよ」と返ってくるのだろう。そんなことは端からわかっている、じゃあこれまで随分と時間もあったろうに、後手後手にしかも的外れでその場しのぎの対応を繰り返してきたつけがまわってきて、やがて期限が迫るに及んで、とどのつまり二進も三進もいかないことになってしまった…ということだろう。
 経済、政治、文化の上に“社会”というものがあるとすれば、全てが不都合であれば論外だが、それらのうちのどれか、或いはどれかとどれかが問題ありで足を引っ張っているというのであれば、そもそも何を、どのような状況を良しとして評価するのか、バランスを考えれば、おのずと答えが明確になるか、もしくは方向性は定まるはずである。要は、バランスのとれた、しかもそれぞれが満点に近い対応こそがベストであることは当然だが、二番手、三番手を予め想定準備しておいて、よりベターを目指すことが常道なのだと思う。
 落としどころは難しいかもしれないが、ここはやはり、「もう止しにしましょう」に至るしかないのだろう・・・、それこそが常識的なライン、大半(過半数ではまだ弱い)の腑に落ちる結論なのだろうし、民主主義というものだ。
 ことは『東京オリンピック』に限った事ではない。