じわりと寄せくる苦い波

 余裕を見せて苦難の民に救いの手を差し伸ばしたものの、内容が伴わず、かえって嫌われてみたり、付き合いべたというのは当の本人にしても相手方にしても実に厄介な代物で扱いと反応に困り果てるのがオチであろう。持てる者は相も変わらずおためごかしの見せ掛けの“思いやり”たっぷりのご提案でお茶を濁し、それに惑わされ、目を瞑り口を噤むある種の階層の者たちの軽さはいかばかりか、どうしたものか…決して矢面に立たず、場合によっては卑屈ささえも厭わない、しかしその影で得たものは、蠢くものは、百年の平穏のなんと虚しいことか、そして脆いことか、今、覚悟せねばならない時なのかもしれない。ヘラヘラとわらって「自分には関係ない」「そんなつもりではない」などと言っても即座に押しつぶされてしまうかもしれない、そんな時代はごめんだが、現実の足音が聞こえる…ような気配もある。とにかくできることは、じっと見つめることだと思う、事と次第では、行動よりも値打ちのあることではないだろうか・・・