あなたのやさしが
 痛いほど分かり過ぎる
 さよならの言葉さえ
 言えずに別れた人よ
 季節の足音心で聞きながら
 ララバイララバイ瞳を閉じて
 東京の夜明けに歌う子守唄

 1984年リリースというから、二度目に勤めた会社に慣れた頃の曲ということになる。歌詞を眺めて、どうしてこれが“六本木”なのかよくわからない、 もしや『東京ララバイ』という曲があって、それに対抗してのことであったかと思い調べてみると、もしかするとそうかもしれないと勘繰ってしまった(『東京…』 は1978年発売)が、実のところはわからない。しかし、歌唱力のお蔭もあるのだろうが、「東京の夜明けに歌う子守唄」のサビはこれもまた実に沁みるのである。 ヒットしたという記憶も微かにあるが、やはり、当時は心に余裕がなかったか、或いは「六本木」限定ということで個人的には印象に、 そして記憶に確かに残らなかったのもしれない。
     歌:内藤やす子  作詞:エド山口  作曲:岡田史郎<K>

 これは、ただ単に「残念に思うこと」であって、決して謝罪を意味する言葉ではないのだそうだ。「あってはならないことがあった、 起こるはずのないことが起こってしまった…」と感想をのべているのに過ぎず、そこに「申し訳ない」の欠片もなく、 責任問題を避けたい人たちの常套句ということなのだろう。とにかくよく耳にするし、その度に大いに不愉快さを感じてしまう。 ちょっと耳にすると、若干しおらしくも思える部分もあり、使う者にしてみれば実に便利な言葉なのである。
 “加害者”と“被害者”の立場がいつの間にか入れ替わって、もしくはなり代わって、時を経て雲散霧消、つまりほとぼりが冷めて、何事もなかったように、 また何の改善もなく日常が続き、いずれまた同じような事態が出来し、「遺憾の意」が登場する。なんでも「ごめんなさいね」から始まる日本的な? 美意識からいうと、むしろ例外的なことなのかもしれないが、「ならぬことはならぬこと」と、きっちりケリををつけるべきはそうすべきだろう。<K>

 あの日、第一京浜を東へ西へ彷徨った人々は結局何処に辿り着いたのだろう。恐らくそれぞれの安住の場所に戻ることができたのだろうとは思う。 さてその後どうしたのか、対応は様々だろうが、復興と復旧では意味が違う。元に戻すことも大事だが、同じ災難に遭遇した際にまた同じ状況に陥ってしまうことにならないか、 その時間が長ければ長いほど経験値も希薄なものとなって、つまりは忘れてしまう(忘れてしまいたいという心理もあるだろう)、そしておなじ轍を踏むことになる。
 誰かがではなく、まず自分が動く…というのは尊くもあり、もっともな反応ではあるけれど、誰もがそうそううまくは動けないし、場合によっては進行の妨げ、 邪魔になりかねない。そこまでいうのは酷としても、良かれと思う行動が浮いてしまうことにもなる。たとえばボランティアはあくまでも計画に則ったものであるべきで、 そうでないものはただのヒステリー、むしろマイナスの要因である。熱くなり過ぎない、また決して冷めない行動とはどういったものなのか、 日頃の備えと遠く近くとのコミュニケーションに尽きるのではあるまいか。だいたい3日分の生活上の備えと覚悟、 そして少なくとも近親との相互連絡といったところだろうか。あまり押し寄せる“役立つ情報”などというものに惑わされぬがよろしかろう、 「役に立たない」は言い過ぎとしても、あくまでも情報は取捨選択が肝要で、冷めてしまう、飽きてしまうのを助長してしまうようなものは避けていたい。<K>

 父が亡くなって、それだけの年月が経過したということである。離れて暮らすこと長きにわたったが、無論、居ると居ないとでは大違い、相応の“想い” はいまだに引き摺っている。そうではあるけれど、日常において取り立てて“取り乱す” ということもなく、起伏なくただただ平穏なのだ。それでも『七回忌』、こうした区切りはそれなりの機能をもってある種のきっかけとなる。要するに改まった“形(なり)” で“ハードル”をひとつ越える。  流されないための堰とでも言えようか、第一、第二、第三と間隔を取って繰り返される。寺との形式ばったやり取りと、当日前後の儀式と準備、そして後始末、 それぞれ時間的に経過していて、その都度の面倒さがあって、慣れることなく、つまり緊張がそこに生じるのである。
 次は十三回忌か…その前にこちらの状況が読めず、それはありやなしや、そちらの方の準備に取り掛かれということなのかもしれない。『御布施』に『御膳料』、 『御車代』、そして『卒塔婆料』(熨斗袋ともちろん中にそれぞれ現金)、更に『お供物』のお菓子(これを携えて改めて寺を訪ねる“御礼参り”というのは、 今回は若いお坊さんの方から「よろしいのでは…」とおっしゃるので『お供物』を法要の後で手渡して勘弁していただいた…)を用意すればよろしいというわけなのだが、 ひとまとめにして、中に“明細書”を添付しておけばよさそうなものだが、そうもいかないらしい…<K>

 終わってみれば、たかが十日間。さて、何が残って、何が失われたか?!休み疲れについてはともかくとして、改元の作られた“騒動”の派手さにすっかり誤魔化されて、 何かすべきことがあったことを、それがなんであったか思い出すこともできず、もしくは、もうどうでもよくなっていたり、ならなくてもいい“五月病” に罹ってしまう破目に陥ったか、今となっては悲劇か喜劇かも区別がつかない。
 そのほぼ中日に、仕事(確かに仕事ではあったのだが…)と称して外出し、電車に乗って、外国人観光客でごったがえす新宿駅を経由して、仕事の場に赴き、 ほんの少々の時間を経て、また同じ道を、やはり同様に人波をかき分けかき分け戻った。かくて、個人的には十連休とはならず、 まるで言い訳みたいに休んでばかりでは決してなかった…まさに悲劇的な日々であった。“お祭り”の裏では、何か厄介ごとか企みごとが密かに進行していて、 それが表ざたになった時には手を付けられない事態になっているやも、知らなかった、気付かなかったでは済まされない状況が待っているのかも、 その責任はあくまでもそれぞれにあると既に決めつけられているのかもしれない。<K>

 憶測と勝手な解釈が飛び交って、事の本質に迫るどころか、ぼやけて、霞んで、むしろ“適切な対策”からは遠ざかっているとしか思えない。事件は起きてしまった、 さて、どう対処すれば良いのか、ただただうろたえるのを見透かすように、とりあえずどうでもいいような(とは言いきれないか…)情報がまさに垂れ流し状態。 とどのつまり、収拾がつかなくて、やがてなんとなくほとぼりは冷めて元の木阿弥と相成るのが関の山か、それがこれまでの例で、これがほぼ例外なし、何も動かないし、 一時的なヒステリーが治まるだけだ。立場の違い、目の付け所というか焦点の合わせどころ、そして冷静でいられるか否か、どれも理解できるが、どれも正解ではないような、 そもそも次元の異なる見解を一堂に集めて議論したところで、話が進むわけがない、事件を過去の事例に照らし合わせて、 事実として積み重ねる作業こそが今最も重要かつ有効なことなのではないか、感情が入りすぎると、反論できない(しづらい、したくもない…)“雰囲気”がその場を占めて、 議論は、真実とは掛け離れた方向に行ってしまうような、そんな気がしてならないのである。<K>

 もっと掘り下げるべき“事”があるだろう。それなのに世を騒がすだけのニュースが溢れるものだから(まさか仕組まれたものではないだろうが…)、肝心の“事”が徐々に霧に包まれて、やがてまるでなかったかの如き有り様に、その様子を胸を撫で下ろしながら、あるいはほくそ笑みながら眺めている御仁もおられるのではないか。有耶無耶になりそうな、またはすでにそう成り果ててしまった“事”は枚挙にいとまがない。
 また選挙である。権利を無駄にする人が、そうでない人を支配するような時代、それでも諦めないで物事をしっかりと見据えていたいと思ってはいる…
 ただただ従順に、現状に、現実に流されるなど御免だし、そんなことは断じてあってはならない。物言わずとも、切れずとも、たとえ微力ながらも“発信”することはできるはず、それすらも放棄する(させられているふしもあり、一概に責められないが…)というのは、少なくとも周囲(まっとうに生きている、もしくは生きようとしている者)には迷惑このうえない。せめて何か(何でもいい)言ってほしい。<K>

 今回の選挙結果を見て、「もうどうしようない…どうでもいい…、いつかどこかで風が吹くのを待つしかないね」と言った人がいた。 過半数の意思表示をしない人が決めてしまった“行く末”を甘んじて受け入れざるを得ない状況は憤懣やるかたないが、彼の人のおっしゃる通り、 この際じっと待つしかないということのだろう。
 50%が“シロ”で、残りの50%の過半数(60%?)が“アオ”、そしてその他が“キイロ”もしくは“アカ”だとすると、この場合の過半数というのは全体から見ると30%、 つまり三分の一にも満たないではないか。この“アオ”が(1ポイントでも“キイロ”や“アカ”を上回りさえすれば…)“シロ” をまるで自分のもののように取り込んで、大きな支持を得たと言い張る。まことに理不尽な、そして“シロ”のなんと無責任, 声高に意見を披歴するほどの見掛け上のエネルギー消費は無用としても、そっと、 それでいてしっかりと時と場合に相応の方法で意思表示をするのがヒトではないのか、それもだめですか?!と言ってみたくもなる。無理解、 無関心に加えて無表情になってしまった50%の“シロ”、この50%が社会を動かしている。この“シロ”の半数ほど、たとえ半歩でも動いてみようとするだけで、相当な 風が吹くことになると思うのだが…、それがまた“シロ”にとっては、まことに面倒で、“いけてない“ことなのかもしれない。どうすれば、また、いつになったら“風” は吹くのか?<K>

 特に何があったということではないが、何かにつけ嫌悪の対象にされ、こちらとしてもそんな相手に好感の持ちようがない。とにかく“ウマ”が合わないというか、 無視すればよかろうものを、ご近所とあってはある程度のお付き合いは避けられないところだった。子供のころ、近所に住んでいた同級生のことである。 もちろんこちらにも落ち度はある…のだろうし、それなりの理由(わけ)もあったのだろう。しかしそんなに嫌わなくても、とも思った。親同士は普通(微妙だが…) の付き合いをしていたような記憶があるが、とにかく嫌がられていたのは確かだった。正面きってぶつかりあえば、また違ったことになっていたのかもしれないが、 お互い故郷を離れて自然なかたちで接点がなくなるまで、そうした“雰囲気”は続いた。半世紀近くも昔の話である。 引いても押してもそれぞれ効果なしどころか溝は一層深まり、ならばと関りを持たぬよう心掛けたりなどしたら、非は一方的にこちらにあり、 努力が足りないという誹りを受けることにもなりかねず、まさに切ないところで、もしかすると先方も同じ心境であったのかもしれない。積み残し、先延ばし、 事なかれが事態を悪化させ、二進も三進もいかないことになってしまう、いや、それでも何か策があったはずだし、これからでもアクションを起こすことは決して遅くない…、 そんな“気”がする。<K>

 世の中騒然としている。待ってました!と人気者の大臣登場、その陰で、台風被害に頼りない首長さんのお里が知れて…、行方不明の少女は発見できず、 世界陸上では望外の(?)金メダル、そしてにわかファンにはこたえられない、世界ラグビー奇跡の大勝利。かと思うと、“首謀者”(キーパーソン?) の死によって表沙汰となった“贈収賄事件”の厚顔無恥というほかない当事者どものその後の態度、「そういう事もあるだろう…」では決してすまされない悪事である。 もう一つ一つ落ち着いて検証などしていられない、何かその他にもっと突っつかれると困ることが騒ぎに隠れて見過ごされていはしまいかと、さらに心配は募るばかりだ。 「良い事を思いながら悪事に走ったり、その逆もある、人とはそうしたものだ…」と言ったのは長谷川平蔵(池波正太郎)だが、もうわけがわからない。しかし、 それでも冷静な目を失ってはならない、常に最悪の事態を想定、或いは覚悟しつつも、あくまでも前向きに、そして決して諦めなどではなく、 やや楽観主義をもって(なんとかすれば、なんとかなる…)の対応を心がけたいものだ。何も拳を振り上げて大怪我を恐れず立ち向かうなどという勇ましいことをしなくても、 方法は意外と身近にあるのかもしれない、たとえば・・・<K>

 ずいぶんと荘厳というか、台風被害の最中、さすがにパレードというものは延期(中止ではない…)と相成ったが、それでもさぞかし費用もかかったことであろう。 形式ばったことが必要なこともある、あるわけだけれども果たしてどなたがこれほどのことを望んでおられたのか、これぞ“政治利用” といわれてもしかたのないことではないのか、“主人公”のご希望でない事だけは確かなことだと思っているのだが、いかが・・・
 それではどなたが望んでの“大事(おおごと)”であったのか、もしかすると、“主人公”を除いたその周辺及びそれにつながる“関係者たち”ではないのか。 歴史の踏襲とか日本書紀以来のしきたりなどといったことは、あくまでも建て前で、それを利用した極めて浮ついた単なるイベントにすぎないと言ってしまうのはもちろん 言い過ぎなんだろうが、その在り方を学び、さらに研究を深めて内外に知らしめてこそ、その意義もあることで、それを実際に“派手”に執り行ってしまうというのでは、 なんとなく“台無し”になってしまうのでは、なってしまったのではないかと思うのである。<K>

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