001 墺

何処か悲しみの漂う都

 歴史をひもとけば、かつての欧州の中心が、パリでもローマでもない、ウィーンであることがわかります。 古き佳き時代の中心都市として、はなやかに栄えたことと裏腹に、長い歴史の傷痕が刻み込まれた美しい街、悲しい結末が似合います。

プラター公園の大観覧車からドナウ河方面を望む ザンクト・シュテファン大聖堂

 街はリンクと呼ばれる楕円形の環状道路に囲まれており、その周回りと、純ゴシック様式の建物として有名なザンクト・シュテファン大寺院から放射状に 市電(トラム)が走っています。

 リンクを時計回りに歩いていると、雨、でもリンクの並木が傘になってくれます。アリダ・バッリが落ち葉の道を画面のこちらへ向かって歩いてくる ラスト、光と影の見事な演出でラスト・シーンの古典となった『第三の男』。

 落ち葉の季節にはまだ早いけれど、今にもアントン・カラスのあのツィターの演奏が聞こえてきそうな昼下がりです。

 今は亡きオースン・ウェルズの演じたハリー・ライムが親友のマーチン(ジョセフ・コットン)に地下水道の中で追い詰められた時の表情が忘れられま せん。三角形に開く地下へのマンホールの蓋を探しながら歩きますが、ついにみつかりませんでした。

 南駅から0番のトラムでPRATERSTERNへ、ウィーン北駅のガードをくぐると、そこがプラター広場、目前にお目当ての『第三の男』に登場した大観覧車。

 20シリングを支払い、高所恐怖症も忘れて乗車。切符売場の前に映画のスナップがしっかり掲示されておりました。

ウィーンのトラム トラムのチケット

 ウィーンというと、どうしても古い作品のことになってしまいます。中でもこれはもう名作というよりトーキーの教科書とでもいうべき『会議は踊る』、 ストーリーはナポレオンの時代、ウィーンでの国際会議を背景に、ウィーン娘とロシア皇帝との恋物語。

 他愛のないシンデレラ物語ですが、リリアン・ハーベイが小鳥のように唄った“ただ一度だけ”は今でも人気の高い映画音楽のスタンダードです。

 『会議は踊る』の明るさとは逆に、ウィーンがもつもう一つのイメージ、それは退廃への妖しい匂いです。シャルル・ボワイエとダニエル・ダリューの 『うたかたの恋』などは戦前のことですが、皇太子の情死劇という内容の問題もあって、上映禁止になったそうです。元ナチス親衛隊将校とユダヤ人娘の 破滅的な愛の道行『愛の嵐』などというのもありました。

 そしてワルツ王ヨハン・シュトラウスの“美しき青きドナウ”。ウィーンとは関係ありませんが、『2001年宇宙の旅』(1968年/スタンリー・キューブリック 監督/米)の前半部で、国際宇宙ステーションが登場するシーンに流れ、カラヤン指揮によるベルリン・フィルの演奏がこのシーンを一層鮮やかに印象づけました。

 この街は実に美しい、気品があって落ち着きもある。時間さえ静かに流れていくようで、訪れる人の気持ちまで優しくしてくれる街。でも何処かに深い 悲しみがひそんでいるような、どうしようもなく魅かれてしまう街です。


【勝手に採点】

★★★ 『第三の男』(1949/キャロル・リード監督/英)
★★★ 『会議は踊る』(1931/エリック・シャレル監督/独)
★★☆ 『うたかたの恋』(1936/アナトール・リトバク監督/仏)
★☆☆ 『愛の嵐』(1974/リリアナ・カバーニ監督/伊)

[その他の作品から]

 『たそがれの維納』(1934/ウィリー・フォレスト監督/墺)
 『うたかたの恋-リメーク版-』(1969/テレンス・ヤング監督/仏)
 『輪舞』(1950) 『恋ひとすじに』(1958) 『忘れじの面影』(1948)
 『ジェラシー』(1980) 『エゴン・シーレ』(1980)